それでは、11節から始めていきます。
11節 さあ、みなさん、各自の持ち場にぬかりなく、ビーシュマ祖父をしっかり補佐し、支えてください!
ドリヨーダナの皮肉がみえます。各自の持ち場に抜かりなくとは、ぬかりがあったから言っている。ビーシュマ祖父は可愛がった弟子に殺されようとしているとは、どんな弟子を育てているんだよと。ドリヨーダナに見えている。ビーシュマ祖父の教えに抜かりがあったと皮肉の部分が隠されています。
12節 するとクル王家の勇ましき、最長老ビーシュマ祖父は獅子吼(ししく)のごとく、ほら貝を高らかに吹き鳴らして、ドゥルヨーダナ王子を喜ばせました。
ほら貝はこれから戦いが始まるという合図になります。
13節 それに続いて全軍のほら貝、角笛(つのぶえ)、太鼓、ラッパ、笛などが、各所で同時に鳴り響き、耳をつんざくさわがしさ
すごい音でなる。インドもそうだけど、太鼓ならす人笛ふく人といろんな楽器を鳴らして行進するのがあったりするんだけど、町のクラクションで渋滞して、大音量で音楽鳴らす人、あちこちで聞こえて、耳を抑えたくなるくらいのうるささ。そんなすごい音。
14節 するとパーンドゥ軍からは、クリシュナとダナンジャヤ(アルジュナ)が白馬に引かれた戦車に乗って神秘のほら貝を吹き鳴らす。
ダナンジャヤ勝利の英雄ともいえる呼び方。
なんでほら貝を吹くのか分からなかった。ヨガの先生は学生時代に吹奏楽部に入っていて、キンカン楽器も口を横で震わせて吹いていたと。ほら貝が最初だと思いますが、ほら貝吹かれているところ見たことがあって、金管楽器と同じ吹き方で、後からマウスピースを作ったんだと。なんでほら貝の形。先輩や先生から唇の形こうしなさいじゃなく、場所にしなさい、唇震わせるを場所と先生たち言っていた。ブーッって含んだけど、つば飛ばしてくるな!と見えるが、音が鳴らせる状態は力むと楽器ならない。口先だけでならなく腹の底から空気出さないと、リラックスしないとならない。金管楽器やってるとき道具、空洞になってないとならない。鳴らそうとしてもならない。自分も空気を通るくだのようにならないと、肩上げてすごい音鳴らそうとするとならない。ほら貝を吹けたという事はこの方たち、力みがない。この方たち吹こうとしていない。楽器の道具ごとく鳴らしている。自分が空洞になり差し出さないと楽器は鳴らない。音楽の先生や先輩は言う。もっとエゴを捨てなければならない。ここですごい音が鳴っている。ビーシュマ祖父もクリシュナ側のアルジュナも鳴らしている。これから道具になるよと言わんばかりにほら貝を吹いている。
15節 フリシーケーシャ(クリシュナ)は、パンチャジャンニャ(五生)というほら貝、アルジュナは、デーヴァダッタ(神授)のほら貝を、猛将ビーマは見るも恐ろしげなパウンドラという長いほら貝を吹き鳴らす。
ほら貝に名前がついている。パンチャジャンニャ(五生)というのは五大元素が体ができる、作る材料でそれを超えるものが五生、その体で魂が生まれる
アルジュナはデーヴァダッタ神が授ける。人の力ではならない。神から授けられた音だ。
パウンドラは日本語で不変動というがすべてにいきわたる隅々まで響き渡る。
16節 クンティー妃の息子ニディシュティラは、アナンダヴィジャヤ(常勝)という名のほら貝、ナクラはスゴーシャ(妙音)。サハデーヴァは、マニシュパカ(宝花ほうげ)と呼ばれるほら貝を鳴らす。
クンティー妃の息子は常に勝つ、戦いを超える尽きることのない勝利の音
ナクラの妙音は技ではなく心のすみ具合でなる
マニシュパカはほうげという名前、これは義務が花のように開く音というほら貝の音。
美しくないですか、ほら貝は聞いている方に影響があると思っていたが、鳴らしている、聞いてもらってこれから戦争だよと鳴らして、聞く側の音と持っていたけど、鳴らすほうに影響与えるほうの音なんだと。つまり道具じゃないとならせなくてほら貝一つ一つに名前があり祈りが込められている。
このほら貝、この音をを響かせることによってすべての人たちにこのクリシュナを思いださせるような、
2元相対を超えるような、いい悪い勝ち負けを超えるような、それぞれの義務の花が開くような、祈りが付いている音を鳴らしている、これを鳴らさせているのがポイント。これから戦いをする人がこんな祈りするかという事。神秘的で美しい、ほんとのことを知っているのはクリシュナだけかもしれないけどほら貝を吹くときに祈りはそれぞれに影響与えると思うんです。道具になるときだけ、クリシュナを思い出し繋がれたときだけ、音が本物になる、この音が本物になるときは自分が魂だと思い出せた時であり一人でなく、吹く側も聞く側も祈りが込められている素晴らしい経典の始まり、ここからどんな戦いになるのか見えてくるような。肉体意識では戦いになるけど、魂の意識では道具になっていくのを祈るような始まり。
この世界の仕組みの様です。一見やっているようで実はやらされている。たくさん愛が隠されているこの世界の仕組みと似ている。
インドでは生きたものが残したものは不吉と言われているが、ほら貝は吉兆と言われていて、通常不吉に見えるものをほら貝を吹くことで不吉兆さを飛ばす、うちは負けないよ、日本の戦でもそう、クリシュナのほら貝やアルジュナ側はスピリチャルな音がする、ドリヨーダナ側は素晴らしいけど比べるとまずいかなと感じさせる音。障害物を破壊する。私たちが障害取り除くという祈りも込められている。