G-EKST1G1L4F

1章25節復習から37節まで

25節

ビーシュマやドローナをはじめとする名だたる将軍たちが立ち並ぶ前で、クリシュナはアルジュナに言いました。ブリターの息子よ、クル方の陣容を見よ、と。

ここでクリシュナは見なさいと指示を出しました。

26節

アルジュナが見たのは、両軍の中に、父方の叔父、祖父、師匠、母方の伯父(おじ)、従弟、甥、孫、友人、義父、親交ある人々の姿。

自分の大切な人たちを見ました。

目に焼き付きました。

27節:クンティーの息子アルジュナは、この戦場に友人、親類縁者が敵味方に分かれ、相対峠(あいたいじ)している姿を見て悲痛の思いの余り、次のように申しました。

ここで悲痛という言葉が入ってきました。

視覚から感情が動きました。これが人間の行動で、人間を作ったのクリシュナがこの構造にした。

見なさいといって

感情が動きました。人間の行動。

28節:アルジュナは言った。
クリシュナよ。
血縁の人々が敵意を燃やし、
目の前に戦おうとする姿を見ると、
手足はガクガクし、口はカラカラに乾く。

感情の後、体にやってくる。皆さんも経験ある、メンタル落ちた時に体が重く、朝ベッドから出れなくなる。トイレにも行けなくなるとか。それくらい体に来ます。感情がネガティブなほど体に調教があらわれるのです。

29節:体中が震え、
髪の毛は逆立ち、
愛弓(あいきゅう)ガーンディーヴァは手から滑り落ち
全身の皮膚は熱く燃えるようだ。

弓の名手。弓が落ちた。殺すことができない。ガンディーバ弓に名前がついている。何度も言います。目から、BBGに書かれている。からだの壊れ方は、見なさい、目から感情が動いて、体の兆候が表れました。どん底へ。アルジュナは入っていきました。ちなみに世の中の解剖学的にこれは本当なのか。他の学問みると、BBGの心理が分かる。有名な話、脳への目が刺激は90%、頭に言葉を作るといわれている。頭の中で悩む人、苦悩する人は目からの刺激。感覚器官の刺激で悩み始める。インドの先生は、言う。科学だからヨガはエビデンス。自分の体で確かめなさいという。UELのBBG講座していたがTTCやって、頭で経典理解するのでなくて、行動で学ぶなら進めている。そこで起きている問題がBBGで起きる。手足はがくがくで口はカラカラ乾く、どこかで聞いた時、逆にラサ、愛を感じた時プレーマー感じた時と体の兆候が同じ。ここではどん底、絶望感じて愛の道に導かれる体の兆候と愛を最も同じときがなぜ一緒なのか、恍惚(こうこつ)や離別や経典は同じように書く。外側で起きていることは一緒で、魂の視点になると、クリシュナから離れるときに愛は感じる。離れたときに愛を感じる。ラーダーはクリシュナと離れているとき、離れるかもしれないときにクリシュナを思い出す。肉体意識の時、魂は体にサインを送る。人間は愛から離れられないのでは。

30節:立っていることもできず
心は乱れ、気が狂いそうだ。
ケーシャヴァ(クリシュナ)よ、
私には不吉な前兆しか見えません。

ケーシャバはケーシー悪魔を殺した人。助けを求めて、愛から離れたくない人。悪魔を殺した人は愛がある人なんでないか。ここで精神機能の崩壊が来ます。もう1回言います。目で見なさい、感情が動いて、体の兆候が出てどん底へ。30節精神の崩壊、妄想とか、不吉の前兆、未来を決めつけてしまう。人が壊れる順番になります。UELでは身に覚えあるのでは。目で見ているものは執着、固執があったかも、頑張ったことかも、うまく機能しなく学ばなければならなくヨガにたどり着いた。自分責める事でない。身近な人たちの壊れた状態、今感情動いてるから体に兆候出るかも。寄り添っていくことができる。ヨガにつなげるかもしれない、ヨガで言われている、次こういう順番で来る。ヨガを使ってその人の不調はヨガに出会うためかもしれない。覚えてもらうといい。ただの物語と思っていたがクリシュナの立ち振る舞いアルジュナの行動から人間というものを学べる。ただ物語も楽しいが真理が書かれている。人間とは何か宇宙とは何か、宇宙の取扱書が書かれているので体に出てきているもの、よりBBG入るのではないかと。

31節:クリシュナよ、血縁の人々を殺して、
いったい何の益があるというのでしょう。
私は勝利も領土も幸福もほしくはない。

32節:ゴーヴィンダ(クリシュナ)よ
今、戦場で領土や、幸福をかけて、一同が戦おうとしている今、王国や幸福、

人生に何の意味があるというのですか?。

これも私たちの特徴に思う。自分がやだなーとか、感情が揺れ動いてしょうがないときに

やらない理由を探して、他責にする状態に陥る。

こんな意味のないこと辞めたい。領土も幸福も欲しくないと言ってしまう。じゃあ自分の国の人たちがどうなるか、まで見えなくなる。視野が変わってきます。自分が本来守らなければならない事、義務や与えてくれた人は全く見えなくなる。精神機能崩壊までいっちゃうと見えている狭さに気付かないほど狭くなっていきます。人生に何の意味があるのか。自分の命を人生命、時間だから、簡単に意味がないと決めつけてしまう。生んで育ててくれたとかまったく振り返ることがない。ましてやクリシュナが目に入っていない状態になる。

 

33-34節:師、叔父、祖父、母方の伯叔父、義父、孫、義兄弟、親戚縁者たちが、命と全財産を賭けて、面前(めんぜん)で戦おうとしている。マドゥスーダナ(マドゥ悪魔を殺した者)よ。私は彼らに殺されたとしても、彼らを殺したくないのです。

自分の身内が見えなくなり相手を殺したくないと正論を言うように

35節:ジャーナールダナ(全生命の維持者)よ。三界の王者となるためにも、彼らと闘いたくないのに、ましてや地上の王国の為に戦うなんて。ドリタラーシュトラの息子たちを殺して、本当に幸福になれるのですか?

クリシュナに、これやって幸福なれるのか?相手を思いやっているようで自分の幸福を望んでいる状態がつづいたりとか、あたりまえなんですが戦争がこうなるのは当たり前、こういう状態が続きます。あれ意味ないでしょ幸福になれないでしょ、と自分のこと言ってくる、よくやってしまう。

36節:マーダヴァ(幸運の女神の主人)よ。これらの侵略者たちを殺せば、その罪は私たちに降りかかります。ゆえにドリタラーシュトラの息子たちやその親近者を殺して、どうして幸福になれましょう?

ベーダでは6種類の侵略者は殺すのが許される。毒を盛るもの、火をつけるもの、致命的な武器で攻撃するもの、財産を略奪するもの、他人の土地を占領するもの、人妻を誘拐するもの。侵略者は殺していいと言われているが自分の親族を殺して、どうして幸福になれるのか。罪は自分に来るじゃない。今まで向こうの事を思って殺したくないが私が不運でしょ、私に降りかかるでしょと言っている。

37-38節:ジャーナルダナ(全生命の維持者)よ。貧欲さに心を奪われたとはいえ、一族郎党(ろうとう)を全滅させ、親しい友人同士が殺しあうほどの罪があったとは思えません。そのことを知りながら、私たちは、なぜ、この地で戦争をしなければならないのですか?

分からない状態。私達にはクリシュナの意図も何でしなければならないか分からない。この辺が大切。

まとめ

自分の置かれている状況把握して、それを見た時、感情が動き、身体の崩壊、精神機能の崩壊、相手の為に殺したくない、勝利も欲しくない、次の瞬間幸福になれない。幸福になりたかったんだとわかる文章、アルジュナが言うことは矛盾が出て、もうわからない、降参です。お手上げです。最初から分からないとならないとならない。感情が爆発してしまうと、あの人のせいという理由探して、さらには自分が幸福になれない、私の得になれないとなる。わけが分からなくなる。皆さんが人間関係崩れるとき、どこの時点で合っているか、相手に対して注文がある、あの人こうじゃないとか。この人こうじゃない。もしかしたら32節から36節の症状が起きているかもしれない。でももともとは25から30くらいの。症状見てその人と決めつけないで、何を見てこだわり悲しく寂しかったかその段階で見ることで、より添える。もう肉体意識、エゴが出てる、自分の話しか話さないと切るんでなく、どういう事で感情が動き体が疲れているのか。精神が嫌な予測しているのでは。ここ一緒に振り返って寄り添ってほしい。なぜならクリシュナはそばにいるからです。38節までの間、アルジュナを切らずに。アルジュナみたいな人がいるからと見るのでなく、クリシュナの振る舞い見てほしい。クリシュナは、ちゃんと絶望する姿を見てくれて学ぼうとしている、クリシュナは悪いことと思っていません。でも私たちもクリシュナの立ち振る舞いから苦しみに寄り添える人になっていく。アルジュナ視点は苦しそう、私もこういう状態になる。気を付けなきゃ。こういうことは誰にでも起きる。どの段階に寄り添う。クリシュナの立ち振る舞い。1章2章が苦悩が出てくるときで一番苦しい。自分もそういうときある、一緒に戻れる知識。

BBGの先の章2章62.63節。今先生が言う事が書いてある。

62節:感覚の対象を見て、それを思い出すことによって愛着するようになり、その愛着によって欲望が起こり、欲望から怒りが生じてくる。

63節:怒りから妄想が生じ、妄想によって記憶が混乱し、記憶の混乱によって治世を失う。知性の喪失によって、また(生と死の繰り返しという)物質存在の海に落ちてしまう。

クリシュナが見ろと、見た。親族や先生いとこのこと思い出した。欲望が起きる怒りが庄子、気が迷う。あれやかれやといろいろ思う。肉体意識の特徴は怒りがある。何か望み期待値がありい知性がない、アルジュナは知性的だがクリシュナのマーヤで当惑される。どん底の状態の神の愛の兆候と似ている。どん底もエクスタシーも泣く。体が震える興味深い。振り子の法則があり、ある一定とこまで行くとそれ以上いかない。怒鳴ってもいいという段階でゆだねると愛の状態、どん底いくと良くなるしかないとわかるが、心境になれない。最後の最後は自分の力でどうしようもできない、クリシュナの寄り添いは一緒にいてそばにいてあげて必要なことしか話さない。クリシュナは悪魔を殺す、よくないようだが物質から解放され、クリシュナの怒りのような行動すごいな。愛に満ちている。一番妬みある人も開放する。

身近な人を寄り添える仕えられる人になって愛は拡張していき一番うれしいこと。

 

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