G-EKST1G1L4F

バガヴァットギーター1章1節

前回に続いて、講義を始めていきます。

まずは画像からお見せしたいと思います。

こちらが

クルクシェトラー

戦いの場です。

インドの古い景色です。

別名

ダルマクシュトラー

ダルマとは義務のこと

この地はダルマの聖地と言われています。

肉体の義務ではなく魂の義務の聖地。

続いて登場人物です。

左上にドリタラーシュトラ王。

生まれつき目が見えない王様です。

物語上とても重要で、

「真実を見ない、見ようとしない」

ことの象徴ともされています。

背が高く、堂々とした体格。目は見えなくても

王としての風格があると描かれています。

右上がパーンドゥ王

威厳と気品のある王の風格。

高身長、端正な顔立ち、落ち着いた雰囲気

・優雅な美しさを持つ人物として描かれていることが多い

生まれつきの体質として

「色白」という設定であり、他の王族と

違った雰囲気を持ちます。

優美さにも優れた王であり

狩りの場面で良く描かれています。

二人は兄弟で、

兄弟の子供たちが国を争う戦いです。

兄のドリタラーシュトラ王は

目が見えないことから、国を相続したのは

弟のパーンドゥ王ですが、

いくらか土地を与えられていたドリタラーシュトラ王の息子が

国の王になる為、争いを起こしたと言われています。

二人の息子の紹介をします。

ドリタラーシュトラ王の長男がドルヨーダナ

100人の兄弟の長男です。

パーンドゥ王には4人の兄弟がいて次男のアルジュナ

クリシュナとは親友の関係です。

クリシュナとアルジュナもいとこ同士の関係。

それでは次の画像は、

それぞれの息子たちの特徴です。

ドゥルヨーダナは

堂々とした体格、筋肉質の戦士

こん棒の達人、誇り高く強気な印象

・アハンカーラ偽の自我の象徴

自我、執着、誇りに支配された人間の姿を現しています。

・正義を自分なりに信じていて、

彼にとっての正義は

「自分が生まれながらにして王である」こと

強い嫉妬と執着

アルジュナやビーマに対して嫉妬を燃やすが、それが彼を突き動かす原動力になる。

・カリスマ性とリーダーシップ。

100人の兄弟の長男として、弟たちから絶対的な信頼を受けている。

ビーシュマやドローナ、カルナといった、強者たちからも

指示されるカリスマ性を持つ。

・悲劇性をもつ王子

もし別の環境で生まれていたら

理想の王になっていたかもしれない。

続いてアルジュナ

・若く、美しい戦士

黒髪、しなやかな体格、鋭く澄んだ眼差し

・弓の名手で弓を構えた姿は常に決意と集中力に満ちている。

・戦士としての装い

金のかっちゅう、紅や藍を基調とした衣、ときに風になびくマント

まさに英雄とした風格

・理想の弟、弟子、戦士、人間像

戦士としての強さと、精神的な成長を同時に描く存在

・ギーターの聞き手(そして我々の代弁者)

真の教えに揺れ動く

私達「人間的視点」としての役割も担う

クリシュナは

ドゥルヨーダナとアルジュナそれぞれに

クリシュナの軍隊をあげるか

クリシュナ自信が味方になるか

提案をした。

二人に翌朝、クリシュナの寝ている場所に来て

一番最初にクリシュナが見たほうに、

最初に選ぶ権利を与えると。

ドゥルヨーダナは絶対軍隊が欲しかった。

だから、暗いうちからクリシュナの寝ている場所に行き

顔の近い場所で待機していた。

アルジュナは起きる時間帯に行き、

足元で待つことにした。

ここでの違いは、クリシュナのことを考えて、

起こさないように、起きる頃に行き

起こさないように一番耳から遠い、足元でそっと待つところから

クリシュナを思う、やさしさを感じる。

ドゥルヨーダナは

クリシュナへの気遣いはなく

一番になって、軍隊を手に入れて

戦いに勝ちたいという欲が見えてくる。

それで、実際起きた時にクリシュナが最初に目にしたのは

足元に座っていたアルジュナだった。

不思議ではない。

起き上がったときとは、枕元より

自然と目線は足元をむいている。

ここも足が一番謙虚な場所であることを

表している。

一番最初に見なければいけないのは足元だと。

最初に見たのはアルジュナで

どちらが欲しいか答えたが

アルジュナはクリシュナを選んだ。

最初からアルジュナは親友のクリシュナと一緒に居たかった。

結果、ドゥルヨーダナは得たかった

クリシュナの軍隊を得た。

それでは1節

ドリタラーシュトラ王は尋ねた。

サンジャヤよ、聖地クルクシェートラで戦うべく

大軍を集結した、わが息子たちとパーンドゥの息子たちの

様子をいかがであろうか。

サンジャヤというのは千里眼を持つと言われている軍師で

バガヴァットギーターは

ドリタラーシュトラ王とサンジャヤの会話が記されたもので、

最終の節でも最後サンジャヤの意見で終わっている。

ここでのサンジャヤはどれだけ真実が見えて

人に伝える力のある人かが分かる。

誰の言葉で、誰の視点で語られているのか

だから誰から聞くかで物語の伝わり方が違う。

いろんなヨガ哲学の宗派で

バガヴァットギーターは読まれているが

どの考え方にも読めるように作られている。

もう一つ、誰の視点で読むかという事で

ミカン箱の話をさせてもらいます。

これはミカン箱の中にいるのは私達の例えです。

ミカンの中には大きなミカンや小さなミカン

甘いミカンに酸っぱいミカン

色艶のいいミカンに見た目の悪いミカン

ブランドのミカンに家庭菜園のミカン

いろんなミカンがある中で

良いとか悪いとか

優れているとか劣っているとか

時には争って、こっちがおいしいとか

こっちが甘いとか。

これの視点は

ミカン箱の中だけしか見ないから

ミカン同士で争っている。

もし、果物の中でミカンを見たらどうだろう。

いちごやサクランボやバナナ見た目も色も

味も違う中で見た時に

ミカンはフルーツポンチになれる。

フルーツポンチの中のミカンは

他の果物と一緒になって

ミカンの存在感がある。

その時に、もう他の果物と

競い合って、すでにミカン箱で争っていたことは

忘れてしまっている。

さらに食べ物としてみたらどうなるだろう。

くだもので争っていたのに、

じゃがいもやキュウリ、レタスやコーン

ポテトサラダの中にミカンが入ることができる。

デザートから食事にまで変わる。

もう果物で戦っていたことも忘れてしまう。

少し違った見方として

ものとしてみたら

日本だと餅の上にミカンを乗せて飾る、捧げものにもなる

もっと大きな例えとして、生き物(魂)としてみたらどうだろう

人も動物も植物も動く生き物も動かぬ生き物も一緒としてみた時に

みかんも人も同じとしてみることができる。

その時、みかんは

ミカン同士で争わず、ミカン同士で協力して

ひょっとしたら、ミカンと人で競いあうこともあるかもしれない。

これが、世界で起きている戦争の仕組み

民族同士がほかの考え方の違いから

同じ肌の色、宗教の考え、言語の人同士が

協力し合って

違った民族と争っている。

バガバッドギータは誰の視点で語られているか

これは魂の目線からこういう考え方、生き方をしていたら

幸せになれるよと語られている。

視野が広がり、魂と見た時に、すべて我々は

クリシュナが想像した魂で

クリシュナのものであり、愛するために生きることが出来るというもの

だから誰から聞くかがとても大切で。

僕が学んでいるのはインドの正当な流れの中から

サンスクリット語と哲学の理解のある先生から

学んだヨガの先生から教えてもらっている話なので、

僕の個人的な感想ではなく

古くから師弟継承された

教えだという事です。

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